視察の2日目は、舞鶴市へ赴き、「地域と自衛隊の良好な関係」について
視察を行いました。
舞鶴は、旧海軍の鎮守府が置かれたところで
横須賀・呉・佐世保・舞鶴と旧軍港4都市のひとつです。
家族などを含めると、8人に1人が自衛隊関係者といわれ、
それだけでも、深い関係がうかがわれます。
視察を終えて、電車に飛び乗り、次の場所へ移動。
翌日は、大阪の池田市なので2泊目は大阪となりました。
夕方、大阪へ到着し、その夜
私は、かつての上司であったGさんとお会いできました。
Gさんは、私たなべが社会人になり、サラリーマン時代の上司です。
もう34年も前になりますが、仕事の楽しさを教えてくれた
言わば師匠のようなものです。
「何事もポジティブに、楽しく仕事をする」という
姿勢はGさんから、学びました。
梅田駅のガード下の居酒屋で一杯やりながら
昔話に花が咲きました。
聞けば、当時の私はどうにも使い物にならない社員だったようです。
当時、東京の本社に課長として転勤してきたGさんは
年上の多い係長たちの上司として
かなり、やりづらい立場だったようです。
平社員の中で、一番使えそうもないモノを
「一人前に育てる」
そして、営業部の体質を変えることが自らの役割と
考えたのだそうです。
白羽の矢が当たった私たなべの営業日報を見ると
案の定、毎日のように一行だけ、「ナントか会社へ訪問」のみ。
中身は何もなし。と、こんな感じの社員だったようです。
一番最初は、「カタログ請求」の電話の応対をしていた私たなべのやりとりを
聞いて、そのカタログを届けるように言われ、
郵送の準備をしていた私は
「届けろ」という指示に怪訝そうな顔をしたことを
今でもよく覚えています。
面倒くさそうに出向いた所、そこに意外な話があったのでした。
その結果を持ち帰ると、会社を挙げて
新製品に取り組もうという展開となったのでした。
不良社員のホームランでした。
そんな経験が、仕事の面白さとして自分の身についたような気がします。
転機になったんですね。
そんな再会が、あらためて私たなべの原点を思い出させてくれました。
Gさん、いつまでもお元気で。